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日本宗教寺庙东本愿寺好不好?

东本愿寺本院:东本愿寺为佛教净土宗大谷派总寺院,位于京都下京区。为征夷大将军德川家康把原来的本愿寺一分为二而建立。 中文名东本愿寺 正殿建于1602年 大师堂建于1658年 大师堂高38米 目录
  东本愿寺本院:东本愿寺为佛教净土宗大谷派总寺院,位于京都下京区。为征夷大将军德川家康把原来的本愿寺一分为二而建立。
  
  中文名东本愿寺
  
  正殿建于1602年
  
  大师堂建于1658年
  
  大师堂高38米
  
  目录
  
  1寺庙简介
  
  2建寺原因
  
  3建筑特点
  
  4寺庙文化
  
  5修复工程
  
  1寺庙简介
  
  2000年人们所能看见的寺院,是遭到火焚之后于明治二十八年重建的。大师堂相当于中国佛寺的大雄宝殿,南北76米,东西58米,高度仅次于奈良的东大寺,是京都最大的木造建筑,也是世界最大的木建筑之一。[1]
  
  东本愿寺
  
  东本愿寺(5张)
  
  东本愿寺“关东”别院:东本愿寺初为大连本愿寺关东别院,举行一些日本宗教活动。1945年后曾经是大连市图书馆书库。1990年改为大连京剧团所在地,内设麒麟舞台。古老的剧种与古老的建筑相映成趣,2000年,这里成了城市别有风情的一隅,而且是市级文物保护单位。[2]
  
  东本愿寺“满洲”别院:东本愿寺“满洲”别院旧址,位于长春市朝阳区北安路735号,1985年,以“东本源寺旧址”名称公布为长春市第四批市级文物保护单位。长春东本愿寺“满洲”别院旧址,是日本京都东本愿寺的下院,信奉佛教净土真宗。旧址由伪满洲国总务厅设计,日本福昌公司施工,1936年5月动工,1937年竣工,造价21万元。旧址主体采用钢筋混凝土结构,局部以木构件装饰,地上一层,地下一层,建筑面积1590平方米。1948年10月长春解放后,东本愿寺“满洲”别院旧址先后由长春市市直机关幼儿园、长春市六一小学、长春市实验中学、长春市第二实验中学等单位使用。2007年长春市第二实验中学迁出后,旧址闲置。[3]
  
  2建寺原因
  
  东本愿寺“关东”别院:20世纪初,日本人涌入大连市,随身携带的不只有武器,还有碎花阳伞、和服、铁板烧以及神社和寺院。日本统治者把大连当成日本的一个州,因此在大连市为他们自己修一座堂而皇之的大寺院东本愿寺。[2]
  
  3建筑特点
  
  本院:公元1602年,经德川家康将军之令,从西本愿寺独立后创立。寺内占地面积广大,排列着巨大的伽蓝,位于中心的御影堂是世界最大级木结构建筑物。东本愿寺在江户时代曾遭大火,于明治年间重建,其正门“大师堂门”被称为京都三大门之一,高76公尺,宽58公尺,寺院内的御影堂是世界最大级。[4]
  
  “关东”别院:坐落在中山区麒麟西巷1号的东本愿寺,建于1915年,建筑面积1282平方米。虽由日本人设计,却是仿中国明式寺庙风格的建筑。在大连市内,东本愿寺是最大的一座佛寺。站在南山向北看去,在一片欧式与和式风格的建筑群中,这座古色古香的寺庙建筑显得十分独特。整个建筑为砖木结构,檐部设计斗拱,出檐深远,直至殿顶;内部结构高大,上层佛堂内有藻井,横栏上雕有飞天、孔雀、牡丹、宝相花等图案。佛堂内悬挂着章太炎所书匾额。寺内一些重要构件表面均以镀金处理,金碧辉煌。[2]
  
  4寺庙文化
  
  1、寺内收藏有净土真宗的开宗圣典“教行信证”是日本的国宝。[5]
  
  2、在东本愿寺的拂尘日这一天,数百名义工清扫塌塌米,擦拭柱子与台阶,刷掉一年积累下来的尘埃,场面颇为壮观。[4]
  
  5修复工程
  
  从201
  
  2年开始大规模修缮工程。阿弥陀堂修缮时要将重建时贴的金箔除去,刷漆之后再次贴上新的金箔。
  
  2015年1月,东本愿寺正殿阿弥陀堂即将完成贴金修复工程。贴上金箔后,阿弥陀堂“内阵本间”熠熠生辉。整体须使用11厘米见方的金箔30万枚以上。包括其他殿堂,整个修缮工程耗资高达200亿日元(约合人民币10.6亿元)。
  
  教は、人間のかかえている究極的な問題、すなわち、老病死の苦悩の解決にかかわるものであります。釈尊が出家される機縁となったのも、その問題であり、老病死が迫っていることに気付く時、人間は、今ここに生きていることの意味を問わずにはおれません。この問題を解決しようとするところに、宗教の根本的な意義があります。
  
  しかしながら、私たち人間は、歴史的社会的な制約の中に生きているのであり、宗教もその外に立つことはできません。とくに現代は、人類がいまだかつて経験したことのない変動の時代であります。それは科学と技術の発達や、産業の発展の上に顕著に見られるところですが、それだけではなく、その変動は人間の内面にも深い影響を及ぼしています。技術の進歩と経済の発展は、人間の夢を次々と実現させましたが、それにともなって人間の欲望をも限りなく増大させました。他の人びとを顧慮せぬ自己中心的な欲望の追求は、差別と不平等を生む源となっています。
  
  人間中心の思想は、一面では自由と平等の実現のために貢献してきましたが、他面では人間を絶対化し、争いや不安を助長することにもなりました。また都市化による地域共同体の弱体化や、大組織による人間管理の強化によって、人間は自らの依るべき根拠を失いつつあります。その結果、自己自身を見失い、ひいては他の人びとの人格や、生命一般の尊厳性をも正しく見ることができなくなってきています。
  
  しかもこのことは、人類の文化、さらには宗教にも影響し、伝統的な宗教の基盤をゆるがしています。このような人類存亡の危機にあたって、一時的な慰めではなく、真の人間性を回復する道を見出すことこそ今日の宗教の使命であります。そのためには、私たち宗教者は、世俗的な力に迎合することなく、自らの信ずる教えを真摯に究めるとともに、同じ道を歩もうとする人びととも手を携えて努力しなければなりません。さらに、歴史と伝統をもつ他のすぐれた宗教との対話を試みることも必要と考えられます。
  
  親鸞聖人を宗祖と仰ぐ私たちの先人は、七百年を超える歴史の中で浄土真宗のみ教えをうけつぎ、念仏の道を伝えて下さいました。それは輝かしい伝統でありますが、今日、ともすればそれが単なる形の継承に終わろうとしているように思われます。私たちはそのことを謙虚に反省し、伝統の中からあらためて真実の精神をくみとらなければなりません。
  
  浄土真宗と念仏者の責務
  
  阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、浄土で真のさとりに至るのが浄土真宗であります。このみ教えを聞き、それに信順して生きぬくところに信心の行者の姿があります。その生活は、如来の本願を究極の依りどころと仰ぐとともに、罪悪生死の凡夫であることにめざめた、喜びと慚愧の生活であります。さらに、如来の大悲につつまれて、人間相互の信頼を確立した御同朋御同行の生活でもあります。そこに、自分だけの殻に閉じこもらず、自分自身がつくりかえられ、人びとの苦しみに共感し、積極的に社会にかかわってゆく態度も形成されてゆくでありましょう。
  
  それが同時に、開かれた宗門のあり方でもあります。宗門の基幹運動は、それらの目標を、人びとのふれあいの中で一つひとつ着実になしとげてゆくところに展開してゆきます。もとより、私たちの一人ひとりが真の信心の行者になってゆくことを根本にしていますが、それとともに、今日及び将来に向かって、全人類の課題を自らのものとして担う積極性が必要です。そのための基礎となる教学の形成と充実をはかり、それをふまえて、宗門内にとどまらず、広く世界にみ教えを伝えてゆかなければなりません。
  
  次代においてその中心となる宗教的情操豊かな青少年の育成も、私たちの責務であることは言うまでもありません。そこに宗門の本当の発展が実現されるでありましょう。念仏は、私たちがともに人間の苦悩を担い、困難な時代の諸問題に立ちむかおうとする時、いよいよその真実をあらわします。私はここに宗祖親鸞聖人の遺弟としての自覚のもとに、閉ざされた安泰に留まることなく、新しい時代に生きる念仏者として、力強く一歩をふみ出そうと決意するものであります。
  
  一 九 八 〇 年 四 月 一 日
  
  浄土真宗本願寺派門主
  
  大 谷 光 真

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